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晶馬受中心に、掌小説にすらならない指先小説やネタを放置する場所。
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うめ
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性別:
女性
自己紹介:
どうしようもない場所から来た何者にもなれない存在。晶馬くんが幸せならいいな!とか言いながら他の人の手を借りて彼を泣かしたりボコったりしている。支部でもちょこちょこ書いてます。呟きは@umeeee02
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逃れの町、一番素敵だった日の続き。無痛症晶ちゃんです。
痛々しいのがお嫌いな方はスルーでお願いします。
今までのなかで一番可愛そうな晶ちゃんな気がする。あれ、違うかな。

 兄貴は用事があるからと、今日もまた僕は一人で帰路に着く。きっとまた女の子のところに行っているのだろう。
 昔からああではなかった。高校に入学した頃から、兄貴は家へ帰るのが遅くなった。俗に言う朝帰りをする時もある。陽毬の情操教育に悪いと、何度か止めてくれと言った。しかし、それでも止めてくれない。
 寂しさはある。今までずっと一緒で、ご飯を食べるのも三人が決まりだった。けれど、その回数は少なくなっていく。学校で一緒にいる時間もそう長くない。遅刻・早退の繰り返しだ。でも、それに何か言える権利は僕には無い。
 帰宅した兄貴の制服から色々な人のにおいがして、彼の隣を占領する他人を見て。何だか嫌だな、とよく分からない感情に押しつぶされそうになり、何度も何度も目を伏せていた。時々買い物中にそんな兄貴と出くわすことがあるのだが、すぐに目を逸らして他人のフリをする。すれ違いざま彼の隣からクスクスと笑い声が聞こえると、とても惨めな気持ちになった。そしてそのまま家に帰れば、陽毬が心配そうな顔をして抱きしめてくれる。そうしているうちに、何だかどうでもよくなってしまった。そして悟った。
 彼には彼の人生がある。それを邪魔してはいけない、干渉もしてはいけない。
 それ以来、僕は兄貴に何も言わなくなった。陽毬は良い子に育ってくれたので、理由もなくなってしまったし、それに、僕なんかにぐちぐち言われるのは嫌だろう。ただでさえ病気のせいで迷惑をかけているのだ。彼がそうしたいというならそうさせてあげようと決めた。
 


 家が見えてくる。玄関前に一人の女の子が立っていた。コートを着ていて、どこの学校の子かは分からない。兄貴がらみだろうか。スピードを変えることなくゆっくりと彼女に近付くと、足音で気付いたらしい。俯いていた顔をあげた。
目の大きい、可愛い子だった。睫がぴんと伸びていて、もしかしたら化粧をしているのかもしれない。ブラウンの髪はゆるく巻いてあって、優しい印象がある。
しかし、それは第一印象に過ぎない。
僕の顔を見るや否や、きっと目つきは悪くなり、唇を白くなるまで噛んで僕に言うのだ。

「あんたが、ショウマ?」

 彼女には似合わないような低い声で。

「そう、だけど」

 どうして僕の名前を知っているのかということよりも、どうしてこんなに睨まれているのかが謎だった。僕の記憶には彼女はいない。完全なる初対面だ。何かしただろうか、と問いかけようとする前に、彼女が体当たりをしてきた。突然のことに身体を支えきれず、よろける。コンクリートに身体を叩きつけられ、目の前には夕日に染まった空が広がった。烏が二羽、その中を飛んでいる。

「あんたがいるから!彼は幸せになれないのよ!」

 そうしている内に彼女は起き上がってそう言うと、僕が来た道とは逆の道へ逃げるように消えてしまった。
 一体何がしたかったのだろう。起き上がり、彼女が去って行った方を見て首を傾げていると、後ろからどさっという音が聞こえた。首だけ振り返ると、そこには陽毬と兄貴がいた。どうやら先ほどの音は陽毬がビニール袋を落とした音らしい。ああそうか。きっと買い物をしていた陽毬が兄貴を見つけて帰宅を促したのだろう。彼はこう見えて陽毬に弱いのだ。僕も人のことは言えないが。
 二人は目を大きく開き、まるで幽霊を見ているかのような顔で僕を見ている。どうかしたのだろうか。そう考えて、この体勢がいけないのだろうと察した。自宅に入らずその前の道路で座り込んでいるなんて、誰でも驚くに決まっている。立ち上がらないと。足に力を入れた。

「動くな!!」

 兄貴の声にびくりとして、止まる。声音で怒っているのではないと分かってはいたが吃驚した。何事だ。カバンを道路に投げ捨て、僕の傍まで走ってきた兄貴の顔はかなり焦っていた。

「陽毬!救急車呼べ!」

 その声に慌てた様子で陽毬が荷物をそのままに家の中に入っていく。その間に、僕は兄貴に横抱きにされた。何でこんなこと、と暴れようとすると「動くな!」と強く叱られてしまった。
 行き先は庭で、どうやら道路から移動させられているらしい。どうして、と兄貴の顔を見つめても分からない。だから視線を落とし、自分の身体を自然と見れば。
 ナイフがコートを貫きぐっさりと刺さっていた。ナイフの周りのコートは僕が少し動いたせいか、じわじわと色が濃くなってきている。

「あ……」
「喋るな動くな!いいか抜くなよ、暴れるな!」

 痛くはない。だって僕には痛みが分からない。
 だが、兄貴の顔があまりに痛そうだったから、僕はただただ。

「ごめん、ごめんなさい」

 心配かけて、ごめんなさい。
 そう謝るしかないのだ。
 すると、兄貴の顔がまた一段と険しくなった。





 手術中、と赤いライトが光る部屋の前で、俺は壁に背を着け座り込んでいた。陽毬は近くの椅子に座って、じっと何かを耐えるように俯いたままだ。
 一体誰が、こんなことになるなんて思っていただろう。
 今までも晶馬の不注意で病院に運び込まれることは度々あった。
 晶馬は痛みが分からない。普通は先天性のものらしいが、あいつは違う。後天性のものだ。
 晶馬は一人、俺たちに代わって罰を受けた。その代償として、無痛症になったのだ。俺の罪も陽毬の罪も、あいつが全てを受け入れ罰を受けているお陰で俺たちは生きている。
 あいつのためなら、俺は何だってする。陽毬もそれは同じ気持ちだ。それが苦痛だと思ったことはない。当たり前のことなのだ。
 だが、俺は。

「……ねえ、冠ちゃん。もうやめようよ」

 陽毬がぽつりと呟いた。

「…………何を」
「私、知ってるよ。冠ちゃん、晶ちゃんが好きなのが辛くて痛くて、帰ってこないんでしょ」

 気付かれていたのか。驚いて陽毬を見る。

「見てれば分かるよ。私、二人の妹だもん。冠ちゃんが晶ちゃんを見る目は、何よりも優しい。晶ちゃんを抱きしめたとき、必ず髪にキスしてるのも知ってる。寝ている時、ずっと晶ちゃんの手を握ってるのも、全部。全部、晶ちゃんが好きだからでしょ」

 そこまで見られていれば隠しようが無い。「ああ」と肯定すれば、陽毬が顔を上げた。真っ赤に腫れた目元が痛々しい。だが、瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。

「お願い、だったらもう何処にも行かないで。他所のところに行って、これ以上晶ちゃんを苦しめないで」
「……別に、苦しめては」
「嘘。冠ちゃんは晶ちゃんの何も分かってない。冠ちゃんが誰かと一緒にいて悲しんで、それでも病気のことを気にして我慢する晶ちゃんを私は何回も見てきた。時計を何度も気にして、冠ちゃんの布団を敷いて、冠ちゃん分のお料理を取っておくの。そんな晶ちゃんを苦しめていないの?本当に?」
「っ!」

 知っている。
 時々すれ違うたびに逸らされる瞳が揺れていた。
 帰れば必ず俺の布団が敷いてあって、台所には夕飯が用意されていた。
 そう、知っている。
 だが、俺はこの醜い感情をいつか晶馬に当ててしまいそうで、怖くて。 もしこれ以上晶馬に罪を背負わせてしまったら、更にあいつを壊してしまう。そんな気がして、あの家から、晶馬から逃げていたのだ。
 それを晶馬が悲しんでいることを知っていて、尚。

「冠ちゃん、私怖いの」
「こわ、い?」
「うん。だって、晶ちゃん、このままじゃ、心の痛みまで分からなくなっちゃうような気がして」

 そう言われてはっとした。そうだ、晶馬は。
 あいつはいつから泣いていない。
 唖然とする俺に、陽毬が言う。ぼろぼろと涙を零し、スカートの色を濃くしながら。

「そんなの、やだよ!だから、お願い!もう逃げないで、帰ってきて、傍にいてあげてよ!!」

 その時、視界の端の赤いライトがぷつりと消えた。

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